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大阪高等裁判所 平成元年(ネ)2005号 判決

控訴人 小泉嘉通

右訴訟代理人弁護士 坂本正寿

同 森田雅之

被控訴人 株式会社 ヤマトマネキン

右代表者代表取締役 永井啓之

右訴訟代理人弁護士 森恕

同 鶴田正信

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の昭和六三年五月二六日開催の第四〇回定時株主総会における退任取締役藤林重高に対して金九〇〇〇万円の退職慰労金を贈呈する旨の決議を取り消す。

3  訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二当事者の主張

次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

一  原判決の付加・訂正

1  原判決二枚目表末行の「円」の次に「(以下「本件退職慰労金」という)」を、同裏一行目の「内容の」の次に「第二号議案(「退任取締役に対し退職慰労金贈呈の件」、以下「本件議案」という)につき、同議案を可決する」を、同六行目の「から、」の次に「同法二四七条一項一号に基づき」を各付加し、同九行目の「の第二」から同一〇行目の「いう。)」までを「で、本件議案」と訂正し、同六枚目裏一〇行目の「義務は、」の次に「本件のような決議事項については、」を付加する。

2  同七枚目表八行目から九行目の「したがって」を「のみならず、被控訴人は本件総会前に本件退職慰労金を九〇〇〇万円とすることその理由を予め参考資料として株主に対し、配布済みであり、しかも、訴外山形より請求原因記載のとおり、右理由を個別具体的に、ただ控訴人主張の計算式によらずに、るる説明しているのであるから」と訂正する。

3  同裏二行目及び三行目を次のとおり訂正する。

「したがって、本件質問に対する被控訴人の説明は、右質問のうち、計算式及び基準の提示を求める部分については、もともと説明の必要がない。仮にそうでないとしても、控訴人に対しては、右訴外山形の説明によって、議案に対する賛否の合理的な判断のために必要な範囲で十分尽されている。すなわち、控訴人は本件総会以前から、被控訴人における退職役員に対する退職慰労金払支給事例と支給基準として、訴外出島取締役(以下「訴外出島」という)、訴外亡小泉恒雄(以下「訴外亡小泉」という)に対する退職慰労金決定基準について、被控訴人より、説明を受け、同文書(乙四ないし六号証)も受け取り、十分熟知していた。右訴外山形の本件総会での説明は、右控訴人の了知をふまえてなされたものであるからである。」

二  当審における補充主張

1  控訴人

商法二三七条の三の説明義務(以下「説明義務」という)の設けられた趣旨は、従来、儀式化していた株主総会の活性化をはかろうとし、かつ、質問権を、株主総会に期待される情報開示機能を実効化する役割を担った一つの独立の株主権として明定したと解すべきである。右趣旨に照らせば、説明義務の範囲はできる限り広く認めることが必要であり、ただ、株主の質問権が権利の濫用と認められる場合にのみ、例外的に説明を拒絶できるものと解すべきであって、いわゆる必要性の要件は認めるべきでない。本件質問は、九〇〇〇万円という破格の金員の支出が、株主にとって重大な利害に関する事項であり、しかも退職慰労金額の決定には、取締役会の恣意的な評価、判断が入り込む余地(商法二六九条の「お手盛」防止とは、まさに右のような恣意的判断を防止しようとすることに外ならない)が大きいのであるから、その算定の正当性を示す根拠を、基準、計算式があるのであれば明らかにしてほしいというのである。そして退職慰労金額の決定は、右のお手盛り防止の観点から、あくまで株主の納得しうるような基準により算出される必要がある。したがって、本件質問は当然に議題関連性の要件を満たし、取締役会は、なぜ、その金額になったかを可能な限り説明すべく、まして基準、計算式があったのであればこれを説明すべき義務がある。

2  被控訴人

前項主張は争う。商法二三七条の三は、株主に対し、一般的情報開示請求権を与えるものではなく、同二六九条は株主総会で額を決めれば、同条の趣旨とするお手盛り防止として十分と考えているのであって、同総会で議論されるべきものは額を承認するかどうかであって、額算定の計算式、基準ではない。

第三証拠《省略》

理由

一  本件質問及び本件の事実経緯について

1  請求原因1、2、3の(一)ないし(三)、(五)の各事実は当事者間に争いがない。

2  右争いない事実に加え、《証拠省略》を総合すれば次の事実が認められ、これを左右するに足る証拠はない。

(一)  本件総会において、控訴人は訴外山形の前記説明に納得せず、「お手盛りで支給されるのはやっぱり株主の利益を阻害しますから、ここではやはり計算式をきっちり出して、それで皆さんの同意を得るのが一つのルールではないかと思います。よろしくお願いします。」「基準もなく、計算式も出されずに、九〇〇〇万円という形だけで一任はできないと、そういう立場です。」などと、九〇〇〇万円という金額が算出された基本になる計算式について繰り返し説明を求めた(原告があくまで計算式、基準の提示を求める発言をしたことは、当事者間に争いがない)。これに対し、訴外山形は訴外出島、同亡小泉の退職金が同亡小泉作成の基準によった点、本件退職金が創業者オーナーに対するもので別枠であるが一応右基準、すなわち従業員の退職金の二倍の額を出発点としてこれに加え、訴外藤林の功労を考慮して決められた旨の前記説明以上に、具体的基準、計算式については、明示的には言及しなかった。

(二)  被控訴人の代表取締役で、本件総会の議長でもある訴外永井啓之は、全議案を一括して審議に付し、原告との質疑応答の後、他の株主に質問を徴したところ、異議なしとの発言があり、質疑を打ち切り、第一号議案採決に続き、本件議案の採決に移り、賛成者の起立を求め、過半数の起立者を確認の上、原案どおりこれを承認可決した(賛成者多数で本件決議がなされたことは、当事者間に争いがない。)。

(三)  被控訴人は、訴外藤林の創業にかかるマネキン人形、陳列用器機等の製造販売会社であり、本件総会当時資本金二億円、発行済株式数四〇万株、従業員数四六〇名の京都府下の中堅企業で、右訴外人の従業員持株により従業員の協力企業育成の考えにより、株主は従業員及び会社関係者のみで、このため、同訴外人は自己には全株式数の数パーセントを残し、他を額面で放出したもので、他方、被控訴人の定款上、株式譲渡が制限され、当時の議決権を有する株主数は約二一〇名であった。

(四)  被控訴人には従来、従業員退職規定が存するところ、昭和五八年二月の訴外出島の退職時には、当時の代表取締役社長であった控訴人の父である訴外亡小泉が提唱し、取締役会に於て「取締役の退職慰労金の算定については、従業員の退職金の二倍を基準とし、これに諸種の事情を斟酌して適当な加算を行う」旨の申し合せがなされ、この「{(従業員退職金規定による換算退職金)×2(以下「換算退職金の倍数」という)-(取締役就任時に受領済の従業員退職金)}(以下「加算前数値」という)+(功労加算金)」なる大枠基準(以下「本件大枠基準」という)に基づき加算前数値五二六万一六〇〇円が算出され、これに役員会の評価した在職中の功労を考慮して加算をなし一〇〇〇万円と定められ、株主総会に提案議決され、訴外亡小泉の昭和六〇年一月死亡時の退職慰労金についても、同年七月右基準に従い定められ、加算前数値八一九万五四〇〇円に株主総会における株主の意見、同人の功労等を考慮して加算をなし、三〇〇〇万円と決定され、株主総会に提案議決された。

(五)  控訴人は昭和五七年七月以降被控訴人の常務取締役であったが、被控訴人内に内紛が生じ、同六〇年七月二九日取締役に再任されず任期満了により退任し、同六一年以降、控訴人一派より被控訴人間で多数の訴訟が提起されているところ、控訴人は、前項記載の退職慰労金決定基準及び、同基準による決定前例を少くとも本件総会前に知っており、同六一年提起の訴外藤林に対する商法二六六条の三に基づく損害賠償請求訴訟において、退職慰労金は勤続年数、担当業務、功績の度合、従前の支給事例、慣行等から割り出した一定の基準に従って合理的に算定さるべきもので、右算定によれば、訴外亡小泉の退職慰労金は六〇〇〇万円を下らず、同人は同額(前記決定の三〇〇〇万円未受領のため)の損害賠償請求権を有する旨主張している。

(六)  本件総会は出席株主数一八九名(内委任状によるもの九六名、その持株数三二万二四〇〇株)により成立したところ、予め出席株主に対し、訴外藤林の経歴及び、同人の被控訴人に対する功績の概要を記載した別紙文書が参考資料として配布されていた。

3  以上のとおり認められるところ、前示本件総会における訴外山形と控訴人間の本件退職慰労金の提案理由説明以後の質問、応答のやりとりと右(四)ないし(六)の事実関係に加え、もともと退職慰労金の功労評価部分を基準化ないし算式化することは容易な事でない点及び、本件において前認定の退職取締役二名及び本件訴外藤林について退職慰労金額自体の一義的算出が可能な具体的基準又は計算式(以下「一義的基準、計算式」という)はいうまでもなく、前認定の本件大枠基準のうち、功労加算金部分のいずれについても、一義的基準、計算式が策定されたことを認めるに足る証拠がない点を総合すれば、本件総会における控訴人の本件質問に対する訴外山形の説明(以下「本件説明」という)の趣旨内容は本件退職慰労金九〇〇〇万円の決定については、訴外藤林は創業者オーナーであり、従来の例の枠にはあてはまらないと思われるが、一応、訴外亡小泉作成の本件大枠基準に準拠したもので、従業員退職規定による退職金の二倍額を出発額とし、功労加算金に特に重きをおいて定めたものであって、先の提案理由及び別紙記載の訴外藤林の経歴と偉大な功績を無方式で評価、総合計額を九〇〇〇万円とした旨明示的に、併せて、本件退職金、そのうちの功労加算金のいずれにも、本件質問がいうような一義的基準、計算式はなく、これによったものではない旨黙示的に説明したものと推認でき、右推認を妨げる証拠はない。

二  説明義務違反について

1  叙上の全事実関係に基づき、本件質問に対する決議事項である本件退職慰労金についての訴外山形の前項3の趣旨の本件説明につき、商法二三七条の三所定の説明義務違反の存否につきみる。

まず、商法二三七条の三の立法趣旨、性格、内容についてみるに、最高機関である株主総会が本来的機能を効果的に発揮するために、取締役に対し、通常提案理由としてなすべき積極的説明義務に加えて、質問あるときに限り、そのうち議決事項については、議案の賛否の合理的判断のために必要な具体的情報提供を義務付け(受動的説明義務)、株主の総会参与権の実質化をはかる趣旨で、従来会議体の一般原則に基づき認められていた取締役の義務を本条一項本文で確認的に規定したものであって、株主の質問権と表裏の関係にあるものの、株主に対し、自益権と不可分な一個の権利(役員の義務)として特別に認められたものではなく、また、一般的説明義務を認めたり、株主に情報開示請求権を与えるものでもない。したがって、右立法趣旨に照らし、右説明義務の範囲ないし内容も無限定ではなく、合理的制約が課せられ、議題の合理的判断のために必要な事項についてのみ、説明対象(事項)とすれば足り(いわゆる必要性の要件を要し、この要件を充足しない質問事項は同条但書にあたる)、その説明の範囲程度も、議案の賛否の合理的判断のために必要な限度で説明すれば、説明義務を尽くしたというべく、右質問事項と、説明の範囲程度の判断は個別事案につき、相対的に、合理的な平均的株主の立場を基準になせば足りるというべきである(右に反する控訴人の主張はとらない)。

ついで、取締役の退職慰労金の決定は、報酬と同様、取締役会に委ねては、いわゆる「お手盛り」の弊害が生じるおそれがあるため、商法は、その法的規制として、額の実質的相当性には介入せず、専ら手続的規制方法をとり、定款で定めないかぎり、株主総会の決議で額を定める(同法二六九条)べきとし、総会の自主的判断により額の相当性を担保しようとするものと解される。

ところで、退職慰労金は取締役等の在任中の功労、業績に対する功労金の性質を有するから、右算定には、右功労、業績を個別、相対的に多様な要素により評価することとなるが、これを数量的に一義的に算出する基準、計算式を策定することは、右評価の性質上容易でない。したがって、退職慰労金、または、そのうちの功労加算金部分の決定は、常に一義的基準、計算式を予め策定しておき、これによるべきものとは到底いえず、実務の通常において、当該取締役等の経歴、在任中の功労に対する提案者又は最終決定機関の無方式な評価、見積りによらざるをえないことが少くないというべきである(ただ、総会において金額自体を定めず、取締役会にその決定を一任するときは、お手盛り防止の別途の考慮から、右一義的基準、計算式を要することは別論である)。

そうすると、株主総会において、具体的金額を明示した退職慰労金の議案が提案された場合は、一義的基準、計算式の提供がなくても、当該取締役等の功労、業績評価をなしうるに足る略歴、功績に関する情報が与えられれば、右金額の賛否(修正)の判断は十分に可能であるというべきである(因みに、参考書類規則三条一項七号が、退職慰労金の額を決める会社提案につき、その際の同参考書類に記載すべきこととして当該役員の略歴を定めているのみであるのも、右同趣旨と解される)。

2  右観点に立って、前示事実関係に基づき、本件説明がつくされたか否かにつきみる。

まず、訴外山形は本件質問に対し、本件大枠基準によったものの、控訴人の提示を求める一義的基準、計算式はなく、これによって算定したものでないと黙示的に説明しているのであるから、控訴人の質問にかかる基準、計算式に対する説明としてはこれにつき、説明義務をつくしたというべきである(退職慰労金の金額が一義的基準、計算式によらねば決定できないものではなく、本件提案は右計算式等によらない金額の可否であるから、本来、右基準、計算式によるべきか否か、その際の右基準等はどうあるべきかは、もはや議題関連事項にあたらない説明の必要性を欠く事項というべく、これに関する応答は質問に対する説明をこえた議論に亘る意見表明である)。

ついで、本件説明では、本件退職慰労金額を本件大枠基準によったとしながら、同基準内容とそのうちの換算退職金の倍数若しくは加算前数値を明示しなかった。しかしながら、本件退職慰労金のよった本件大枠基準においては、換算退職金の倍数を出発値というものの、同値ないし加算前数値を基準とする計算式によることなく、無方式のかなり自由な功績評価による功労加算金に重点がおかれ、最終値として千万単位の端数のない数値で決定されており、右換算退職金値及びその倍数は、むしろ参考値程度の比重しかなかったというべきである。そして、控訴人も右基準内容、同基準によった訴外出島、同亡小泉の場合の各加算前数値の構成値を予め熟知していたことは前認定のとおりであるから、控訴人において、本件退職慰労金について、そのうち加算前数値の上限概数は容易に予測できたと推認できるというべきである。しかも、本件説明は控訴人の右了知を前提とし、他方、本件退職金額の提案中最も重点をおいた訴外藤林の功労加算につき、予め配布済みの別紙及びこれを補足する提案理由を引用ふえんしているところ、右別紙内容と右補足、ふえんによって訴外藤林の功労評価は十分可能であるというべきである。そうすると、本件説明は、本件退職慰労金の決定上の参考値的な加算前数値の説明に十分でない面があるが、全体としてこれにより、本件退職慰労金九〇〇〇万円の賛否の合理的判断は、十分可能であるというべく、結局、本件質問に対し、商法二三七条の三第一項所定の説明義務はつくされたというべきである。

3  よって、被控訴人の抗弁は理由があり、本件決議に控訴人主張の瑕疵はないというべきである。

三  以上の次第で、本訴請求は理由がなく、これを棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がなく、棄却することとし、民訴法三八四条、九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 潮久郎 裁判官 杉本昭一 村岡泰行)

〈以下省略〉

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